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小野田 稔久

医療用漢方製剤のプロティンチロシンホスファターゼ阻害活性に関する研究

序論

糖尿病罹患者数は増加の一途を辿っているが、現在臨床使用されている2型糖尿病治療薬は副作用等の課題が残され、新しい治療薬は常に求められている。一方、148処方(うち内服147種、外用剤1種を含む)の医療用漢方製剤が日本国民健康保険に適用されて、漢方医学の証に基づき使用されている。これら医療用漢方製剤は全人医療、医療費の削減および副作用の発症頻度が少ないなどの利点から、その臨床利用が増えつつある。

医療用漢方製剤の更なる有効利用を目指し、新規2型糖尿病治療薬創製の分子標的であるプロティンチロシンホスファターゼ1B(PTP1B)の阻害活性に着目した。PTP1Bはインスリンシグナル伝達経路の負の制御因子として機能し、新規2型糖尿病治療薬創製の最も注目されている分子標的の一つである。しかし臨床試験中の物があるが、まだ実用に至っていない。そこで、本研究では経口医療用漢方製剤147処方について、網羅的なPTP1B阻害活性評価、更に作用機序解析、活性成分の解明および漢方医学的考察により、PTP1B阻害活性を機序とした医療用漢方製剤の有用性の解明を研究目的とした。

本論

1.医療用漢方製剤147処方のPTP1B阻害活性評価

Table 1 上位5処方のPTP1B阻害活性
1)医療用漢方製剤のPTP1B阻害活性の一斉評価
PTP1B阻害活性は96-well plateにて、p-Nitrophenyl phosphate(p-NPP)を基質とし、human recombinant PTP1Bを酵素として用い、405nmの吸光度の測定により行った。漢方製剤のサンプル濃度は臨床投与量を考慮し、添付文書に定めた1日投与量を1 Unit (U)と定め、最終濃度0.1mU/mLとした。経口医療用漢方製剤147処方のPTP1B阻害活性をin vitroアッセイで網羅的に評価した結果、22処方がPTP1B活性を完全に阻害した。これら処方はいずれも濃度依存的にPTP1B活性を阻害し、大黄甘草湯、麻子仁丸、桃核承気湯、桂麻各半湯、調胃承気湯に特に高い阻害活性を示した(Table 1)。

2)細胞内インスリンシグナル伝達に対する作用
酵素阻害試験の結果に基づいて、大黄甘草湯、麻子仁丸、桃核承気湯、桂麻各半湯および調胃承気湯について、細胞内インスリンシグナル伝達に対する作用を、Aktのリン酸化を指標として評価した。Aktリン酸化活性はHepG2細胞を用い、インスリン刺激0分と5分後にウェスタンブロット法より測定した。各漢方製剤のサンプル濃度は細胞毒性を示さない最終濃度50mU/mLを使用した。結果、5処方の内、麻子仁丸のみAktリン酸化活性が促進された。

3)漢方医学的考察
高いPTP1B阻害活性を示した漢方製剤の多くは漢方医学の「気」症状を改善する承気湯類に分類される。糖尿病は漢方医学的に「気滞」の状態であり、承気湯類は糖尿病の治療に良い。高いPTP1B阻害活性を示す5処方の内、4処方は便秘に使われ、大黄甘草湯、桃核承気湯および調胃承気湯は実証に使われることに対し、麻子仁丸は高齢者や虚証である人に使われる。2型糖尿病は中高年に多く発現し、中高年者は肉体的に虚証を呈することが多いことを考慮すると、麻子仁丸はPTP1B阻害剤として応用が期待出来る。

2.麻子仁丸のPTP1B阻害活性成分解析

1)活性成分の同定
麻子仁丸水抽出物をDiaion HP-20カラムにて分画し、それぞれPTP1B活性を測定した結果、メタノール溶出画分およびアセトン溶出画分は活性を示した。メタノール溶出画分は逆相-分取HPLCにおいて、更に分画をし、最も活性を示したM13bを活性ピークとして同定した(化合物1)。一方、アセトン溶出画分は逆相-分取HPLCにて分画を行ったところ、A14は最も高いPTP1B阻害活性を示し、活性ピークとして同定した(化合物2)。
Figure 1 分析HPLCとPTP1B阻害活性プロファイリング
活性ピークを指標として、麻子仁丸メタノール抽出物を用いて、各種カラムクロマトグラフィーおよびHPLCにより、活性化合物1と2を単離した。化学構造はNMR、MSなどスペクトル解析を行った結果、化合物1は厚朴由来のネオリグナン成分magnolol、2は大黄由来成分のアントラキノン成分chrysophanolと同定した(Figure 2)。
Figure 2 活性化合物の化学構造
2)活性化合物のPTP1B阻害活性評価
化合物1と 2は濃度阻害依存的にPTP1Bを阻害し、IC50はそれぞれ24.6?Mおよび12.3?Mであった。各サンプル濃度および基質濃度を用いて反応速度を測定して作成したLineweaver–Burk plotより、化合物1は非競争型(Ki:52.6μM)、化合物 2は競争型(Ki:13.3μM)の阻害様式を示した(Figure 3)。
Figure 3 活性化合物のLineweaver?Burk plotとセカンドプロット
一方、PTP1Bの競争型阻害剤である化合物2について、PTP1Bとの結合様式を分子ドッキングシミュレーションにて検討した。化合物2はPTP1Bの活性部位のアミノ酸残基Tyr46、Asp48、Cys215、Ala 217とGln262に対する安定な結合が認められ、酵素反応速度論の結果を支持した(Figure 4)。
Figure 4 PTP1Bとchrysophanolの分子ドッキングシュミレーション
PTPのアミノ酸配列の類似性は高いため、化合物1と2の酵素阻害選択性はVHR、TC-PTP、SHP-1およびSHP-2の4種のPTPを用いて検討した。化合物1と2はPTP1Bを完全阻害した濃度において、4種のPTPに対して、何れも40%未満の阻害率を示し、高いPTP1B特異性を示した。

さらに、化合物1と 2はHepG2細胞において、細胞毒性を示さない濃度で、共にAktリン酸化活性を促進し、細胞内インスリンシグナル伝達増強作用を認めた。

3.結論

本研究は経口医療用漢方製剤147処方のPTP1B阻害活性を明らかにした。さらに詳細なPTP1B阻害活性評価、作用機序解析および漢方学的考察により、麻子仁丸が最も優れた結果を示した。一方、麻子仁丸のPTP1B阻害活性成分は厚朴由来のmagnololと大黄由来のchrysophanolであると明らかにした。これら知見に基づき、PTP1B阻害作用を機序とした医療用漢方製剤麻子仁丸の2型糖尿病への臨床応用、およびその活性成分magnololとchrysophanolをリード化合物とした新規PTP1B阻害薬創製への新たな展開が期待される。
【対象論文】
Onoda T, Li W, Higai K, Koike K. Evaluation of 147 Kampo Prescriptions as novel protein tyrosine phosphatase 1B (PTP1B) inhibitory agents. BMC Complement. Altern. Med., 2014, 14 (64), 1-8.