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土井 啓員

サリチル酸が惹起する肝細胞への酸化的ストレスに関する研究
サリチル酸は古くから知られる歴史の長い非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)の一つであるアスピリンが生体内で代謝されて生成する物質です。アスピリンは解熱消炎鎮痛剤として繁用される一方、血小板凝集抑制作用があることから、近年ではさらに広範な患者に投与されるようになりました。副作用発現頻度は低く、おおむね安全性の高い薬剤ですが、まれに起こる肝障害、腎障害、アスピリン喘息などは重篤化することもあるとされています。アスピリンは消化管から吸収された後、循環血中でエステラーゼによって速やかにサリチル酸に変換される(血中半減期は約20分)ため、アスピリンの副作用の本体はサリチル酸である可能性があります。本研究ではサリチル酸の惹起する中毒性肝障害の発現メカニズムについて考察しました。
サリチル酸は弱酸性であり、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を阻害するため、細胞の呼吸活性の障害も毒性本体の一部であると指摘されています。しかし、in vivoの実験系において、サリチル酸を投与した時、肝臓において脂質過酸化反応が見られたことなどから、サリチル酸の肝障害の要因として酸化的ストレスも重要な役割を果たすことが推測されました。本研究では、ラット遊離肝細胞を用いてサリチル酸による酸化障害について検討を行いました。
サリチル酸による肝細胞障害と脂質過酸化
ラット遊離肝細胞を用いて細胞障害と脂質過酸化を評価した結果、5mM以上のサリチル酸存在下では反応開始1時間後から細胞障害が観察され、同時に反応時間依存的な脂質過酸化反応の増加が見られました。これらの反応は抗酸化剤の共存下で抑制されました。この結果は、サリチル酸による肝細胞障害において、酸化的ストレスが大きな寄与を占めていることを示唆しています。なおこの時、肝細胞のミトコンドリアの呼吸活性は低下し、細胞内ATP含量の低下も見られました。すでにサリチル酸がMitochondrial permeability transition(ミトコンドリア膜透過性遷移)を惹起することは知られており、これらのことからサリチル酸はミトコンドリア呼吸活性を傷害し、細胞内ATP含量を低下させて細胞の全一性を損ない、さらに脂質過酸化を誘導することで細胞死を惹起するものと考えられました。
シトクロムP450酵素の代謝サイクルと生活酵素の生成機構(仮説)
サリチル酸による酸化的ストレスのメカニズムを調べるため、ラット肝ミクロゾーム系を用い検討を行いました。ミクロゾーム分画には肝代謝の主体をなすシトクロムP450酵素が含まれ、補酵素であるNADPH を添加することにより基質を代謝する反応が始まります。NADPH共存下では反応時間依存的かつサリチル酸濃度依存的に脂質過酸化が観察され、また、同時にP450によるサリチル酸の代謝産物である2,5-DHBの生成が見られました。これらの現象はNADPH非存在下では観察されず、また、P450の代謝サイクルを阻害するといずれも抑制されました。これらの結果から、サリチル酸の惹起する脂質過酸化はP450を介した代謝反応と密接な関連性をもつことが明らかとなりました。さらに、P450の分子種について検討したところ、サリチル酸の惹起する酸化的ストレスにはCYP2E1、CYP3A4が関与している可能性が示唆されました。特にCYP2E1は代謝サイクルの過程で活性酸素を漏出する可能性が報告されており、本来生体の解毒機構として存在する代謝反応が、生体に有害な反応を併発しうるという興味深い現象です。
サリチル酸が惹起する肝細胞障害のメカニズム
以上の検討から、サリチル酸による肝障害は、P450酵素を介した酸化代謝に伴う酸化的ストレスと、ミトコンドリアにおける呼吸障害が絡み合った反応の結果と推察されました。現在ではアスピリンが大量に投与される症例はほとんど見られませんが、かつては1日30~50mg/kg/日というアスピリン大量投与が川崎病の標準的な治療の一つであり、臨床効果を発揮するためのサリチル酸血中濃度は本実験で用いられたサリチル酸濃度に匹敵しました。こうした生体が抗酸化的防御機構の恒常性を失っている条件下では、微弱な酸化的ストレスでも、重篤な障害を発生しうると考えられ、実際にアスピリンによる中毒性肝障害の報告がなされています。このような基礎的な実験結果と臨床的な情報を融合させる試みが、医療現場において必要とされる副作用情報を構築するのに役立つものと考えます。